先日書いた記事の中で、
理屈ではなく、理解によって、感情を開放することが大事
力(エネルギー)を解放することが大事
という話をしました。
感情や力ってのはですねー、「本能」や「生命力」と言い換えることもできます。
つまり『理解』によって、本能や生命力を開放することができるということですね。
それが一体どういうことなのか?
できるだけ簡単に説明してみます。
まずは『理解』についての認識をしますと、それってのは人間の脳という臓器によって行われる「思考」の一つです。
ちなみに僕は「思考」も、人の「行動」だと捉えています。
思考の仕方によってエネルギーの消費量が変わりますから。
・・・ま、そこにこだわる必要は別にないんですが

話が横にズレましたが(笑)、その思考≒理解という行動はですねー、科学的に言うと、脳の大脳新皮質というところでコントロールされています。
いわゆる「新しい脳」と称されているところです。
あまり専門的な話は、このHPではできるだけ避けたいと思ってますので簡単にしか説明しませんが、人間の脳という臓器は、古い脳と呼ばれる大脳辺縁系(脳幹)、小脳、そして新しい脳と呼ばれる大脳新皮質とに大きく分けることができます。
古い脳(大脳辺縁系)というのは、ざっくりと言えば「感情」や「本能」を司ってます。
そして、新しい脳(大脳新皮質)の方は、これまたざっくりといえば、「思考」や「行動の制御」を司ってます。
前回の記事では、その新しい脳の思考行動の一つである『理解』によって、古い脳が司っている「感情の力」
つまり「馬鹿力」や「生命力」を開放することができるという話をしたわけなんですね。
それがなぜかと言いますと、新しい脳というヤツは、古い脳によって生じている本能的行動(情動)を常に抑圧しているからです。
なぜ本能を抑圧しているのかといえば、その理由の一つには「人が社会的な生を営んでいるから」というのが挙げられます。
もし、人が一人で生きている存在であるならば、本能的行動を抑圧する必要などありません。
獣のように生きれば良いだけでしょう。
しかし、人はより確実な自己保存のためとして、脳を進化させ、新しい脳を発展させていきました。
(いちおう進化論に基づいた話です。進化論を否定した上での話も出来るんですが、ややこしくなってしまうので、それはまた別の機会にします。)
人類は新しい脳を発展させたことによって、古い脳による本能的行動を制御(=抑圧)し、獣とは異なる、高度かつ社会的な営みを選択することを可能としているのです。
それによって実際に人類は、より長期の自己保存を可能としてきました。
特に近代から現代にかけて、その可能性は飛躍的に伸び続けています。
ただ、人は発展させた新しい脳によって、余計な苦しみを感じてしまったり、自らの能力を貶めたりもしています。
なぜなら、新しい脳が本能的行動を抑圧してしまっているからです。
そして、それを自分で理解することができないところに、苦しみを感じてしまうというわけですね。
ですから、それを理解することさえできれば、本能的行動の抑圧を解放することができますので、苦しまずに済むようにもなります。
・・・その『抑圧の苦しみの理解』について、一番手っ取り早いのは「自分では理解することができないということを理解すること」ですね。
矛盾しているようですが、それは事実です。
自分では自分を理解することができないという理解があって初めて、自分の苦しみを無くすための行動を選択できるようになるのです。
つまり、その理解によって「他者を理解する」という行動を選択できるようになるわけです。
・・・例えば、自分の肉体を理解するために、自分の肉体を解剖するわけにはいきませんよね?
他人の肉体を解剖しなければ、自分の肉体の理解にはつながらないわけです。
まァ、ちょっと例えがヘンですケド(笑)、自分を理解し、自分の馬鹿力、その生命力を解放するためには、他の人、他の存在を理解する必要があるということなのです。
それはすなわち他の人、他の存在を愛することであり、それらの生命力を解放するということでもあります。
それによって初めて、自分の命もが輝くことになるわけです。
つまり「健康を創造できる」ということです。
(健康創造についてのより深い話は玄米屋のメールセミナーでしてきます)
僕たちが農薬や化学肥料を使わずに米作りを手掛けている理由の一つは、そこにあるんですよね

『己の健康を求めるならば、他の命を輝かせることが大事です』
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