前回の話の続きですが、
憧れの人がいるってことは、とても素敵なことですよねー。
他人に憧れるってのは、自分の欠乏感を埋めるためとして生じている感情だといえるんですが、それはとても自然で健全な欲望だと僕は思います。
僕の場合はですねー、本当に長い間、他人に憧れるということが出来ませんでした。
ほんとバカですよね~(笑)
ただね、憧れの対象である人が、自分の欠乏感を埋めるところに「喜び」を見出すばかりでなく、欠乏感に「怖れ」を感じながら行動していたならば、 その人は「自己の怖れに囚われている」といえます。
もちろん、憧れや怖れという感情は、どちらか一方しか生じないというわけではありませんので、
どちらの方がより根源的であるか? または、バランスが偏っているか?
ということですね。
自己の怖れに囚われてしまっている人は、自分の弱さと向き合うことが出来ません。
自分の弱さを見つめることが出来ないんです。
自分を思いやることが出来ないんですね。
自分の弱さを思いやることができない人は、他人の弱さを思いやることもできません。
思いやるフリしかできません。
僕がそうだったから、よーく分かります。
そして、自分の弱さと向き合うことができない人は、自分の怖れから逃れるための行動しか選択することができません。
つまり行動の可能性を拡げることができないわけです。
それどころか、その人の中では、どんどんどんどん可能性が狭まっていきます。
・・・でも、それは傍から見ても分からない。
他人にはその人の心の内は分からないんですよね。
あなたが自分の成功のために、他人に憧れ、その真似をしようとするならば、その人の内面を理解する努力をしたほうがイイですよ。
そして、それは何より自分の内面を理解するということでもあります。
最初の方にも言いましたが、あなたが自分の成功のために他人に憧れるということは、あなたの中に何かしらの欠乏感が存在しています。
その欠乏感をどうやって満たすのか?
その満たし方に、あなたの成功の秘訣があるんですよ。
今や誰でも聞いたことがあるような話だとは思いますが、 人の欲求を5段階に分けて考える「マズローの欲求5段階説」というのがあります。
①生理的欲求 ~食欲、睡眠、性欲など~
②安全性欲求 ~住居、衣服、貯金など~
③社会的欲求 ~家族愛、友情、集団への所属を求めること~
④自己尊厳の欲求(自我の承認欲求) ~他人からの尊敬や評価を求めること、昇進など~
⑤自己実現欲求 ~自己の能力を最大限発揮して活動したいという欲望~
日本で暮らしていれば、①~③の欲求はそれほど問題なく満たすことができますよね。
「いや、そんなことない! 仕事が忙しくて睡眠時間足りないし、マイホーム欲しいし、結婚したい! だから①~③の欲求も全然満たされてないよ!」
とおっしゃる方も少なくないかも知れませんが、 それは④の自己尊厳の欲求に飢えているがゆえに、感じてしまう欲求であることが少なくありません。
この自己尊厳の欲求(自我の承認欲求)というヤツは、本当にやっかいな欲望でして、 その欲求を満たすために、それ以外の欲求を膨らまし続けたりもするんですよ。
自分では⑤の自己実現の欲求のつもりでいても、それがじつは承認欲求を満たすための欲求でしかなかったりもします。
自己尊厳を得るために、①~③や⑤の欲求のレベルを自ら上げちゃったりもするんですね。
④の承認欲求を解消することは本当に難しい。
でも、それを成功させていかないと、最後の欲求である自己実現の欲求を満たすための行動を選択することは出来ないんですよ。
現代社会、つまり資本主義社会の中で自己実現を図っていくためには、自己を無くしていく必要があります。
もし自己を無くすことができなければ、それは承認欲求を満たすことができないということです。
・・・・え~、なんだかダラダラと長くなりそうですし、字数制限に引っかかったので、尻切れトンボで申し訳ありませんが、この話はこの辺で止めておきますー。
こういった類のお話は、玄米屋のメールセミナーの中でしていきたいと思いますので、ぜひメールセミナーの購読をしてみてください。
・・・まァ、結局何が言いたかったのかと言いますと、 他人に憧れることは純粋で素敵な願望なんですが、
もし憧れのみならず、他人に対して何かしらの不安や恐怖を感じたならば、 それは「あなた自身の怖れであり、あなたの承認欲求を満たすことができないことへの不安である」
ということを理解できるようになると、あなたの望む成功を得るために役立ちますよ
・・・というお話でした
おしまい
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